1962年(昭和37年)6月10日、信越本線の長岡〜新潟間の電化が完成し、上野〜新潟を高崎線・上越線・信越本線経由で運行する上越線初の特急列車として「とき」が誕生。
1967年(昭和43年)9月28日、新清水トンネルの開通によって上越線の全線複線化が完成。
同年10月1日、上越線の全線複線化に伴うダイヤ改正が行われ、各列車のスピードアップが図られた。また、「とき」の内1往復が東京駅へ乗り入れ。
1972年(昭和47年)3月に増発され、7往復となる。
同年10月に増発され10往復化、自由席を新設しエル特急に。
1973年(昭和48年)4月、東北・上越新幹線建設工事に伴う上野〜東京間の線路封鎖のため、東京駅乗り入れを廃止。
1974年(昭和49年)12月28日、「とき」の181系電車の一部を、新製された食堂車を連結しない183系電車1000番台に置き換える(当時13往復のうち、朝・昼・夕の3往復の列車)。
1978年(昭和53年)6月、食堂車営業を休止。
1981年(昭和56年)10月、試みとして在来線特急としては初めて自由席1両が禁煙車となる。
1982年(昭和57年)11月15日、「とき」は上越新幹線大宮〜新潟間開業によって廃止。
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