1950年(昭和25年)11月、それまで特急列車に限られていた列車愛称が、
急行列車にも付けられることになり、東京〜熊本間を運行する急行列車に「阿蘇」と命名。
1951年(昭和26年)11月、東京〜都城間に急行「たかちほ」を設定、「阿蘇」と門司まで併結運転となる。
1954年(昭和29年)10月「たかちほ」は併結相手を「阿蘇」から「げんかい」に変更され「阿蘇」は単独運転に。
1959年(昭和34年)9月22日関西対東九州間の夜行急行列車として、「くにさき」が京都〜大分間に新設される。
1960年(昭和35年)6月1日「くにさき」は都城発着に延長の上で、列車名を「日向」に変更され一旦消滅。
1961年(昭和36年)10月1日より「阿蘇」は運行区間を名古屋〜熊本間に短縮される。
1975年(昭和50年)3月10日、山陽新幹線岡山〜博多間開業による大規模なダイヤ改正で、急行列車「日南」が日豊本線内の急行列車に転じる形で廃止され、代替として新大阪〜大分運行の列車として「くにさき」の愛称が復活。
「阿蘇」は「天草」を改称する形で運行区間を新大阪〜熊本間に設定。
同時に14系座席客車が使用されることとなったが、これは急行列車では初めてのケースとされている。
1978年(昭和53年)10月2日「くにさき」と「阿蘇」も門司まで併結運転となる。
1980年(昭和55年)10月1日のダイヤ改正で急行「阿蘇」「くにさき」、ともに廃止。
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